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最高裁判所第三小法廷 昭和59年(行ツ)68号 判決

上告人 石倉俊男

被上告人 中国郵政局長

代理人 菊池信男 森脇勝 田中信義 小鹿愼 ほか四名

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

本件を鳥取地方裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人秋山泰雄、同尾崎純理、同吉田健の上告理由について

一  記録によれば、本件訴訟の経過は、次のとおりである。

米子鉄道郵便局に勤務する郵政事務官であつた上告人は、昭和五一年五月八日付けで、被上告人から停職六月とする旨の懲戒処分(以下「本件懲戒処分」という。)を受け、国家公務員法(以下「国公法」という。)九〇条一項に基づき人事院に審査請求をしたところ、人事院は、昭和五六年一月一四日付けで、本件懲戒処分を六月間俸給月額一〇分の一の減給処分に修正する旨の判定(以下「本件修正裁決」という。)をした。しかし、上告人は、なおも処分事由の不存在を主張し、被上告人を相手に、本件修正裁決による修正後の本件懲戒処分の取消を求める旨の本件訴えを提起した。これに対し、原審は、懲戒停職の処分に対し人事院より懲戒減給の処分に修正する旨の裁決があつた場合には、右裁決によつて原処分は一体として消滅したものと解され、本件修正裁決により本件懲戒処分は一体として消滅したから、同処分の取消しを求める本件訴えは訴えの利益を欠き不適法である旨判示し、本件訴えを却下した第一審判決を支持し、上告人の控訴を棄却した。

二  論旨は、要するに、原判決には行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)一〇条二項及び一一条の解釈を誤つた違法がある、というのである。

三  国公法によれば、職員は、懲戒処分等同法八九条一項所定の処分を受けたときは、人事院に対して行政不服審査法による不服申立をすることができ(九〇条)、人事院が右不服申立を受理したときは、人事院又はその定める機関においてその事案を調査し(九一条)、その調査の結果、処分を行うべき事由のあることが判明したときは、人事院は、その処分を承認し、又はその裁量により修正しなければならず(九二条一項)、また、右調査の結果、その職員に処分を受けるべき事由のないことが判明したときは、人事院は、その処分を取り消し、職員としての権利を回復するために必要で、かつ適切な処置をし、及びその職員がその処分によつて受けた不当な処置を是正しなければならないものとされている(九二条二項)。

右のような規定をみると、国公法は、懲戒処分等同法八九条一項所定の処分に対する不服申立の審査については、処分権者が職員に一定の処分事由が存在するとして処分権限を発動したことの適法性及び妥当性の審査と、当該処分事由に基づき職員に対しいかなる法律効果を伴う処分を課するかという処分の種類及び量定の選択、決定に関する適法性及び妥当性の審査とを分けて考え、当該処分につき処分権限を発動すべき事由が存在すると認める場合には、処分権者の処分権限発動の意思決定そのものについてはこれを承認したうえ、処分権者が選択、決定した処分の種類及び量定の面について、その適法性及び妥当性を判断し、人事院の裁量により右の点に関する処分権者の意思決定の内容に変更を加えることができるものとし、これを処分の「修正」という用語で表現しているものと解するのが相当である。

そうすると、懲戒処分につき人事院の修正裁決があつた場合に、それにより懲戒権者の行つた懲戒処分(以下「原処分」という。)が一体として取り消されて消滅し、人事院において新たな内容の懲戒処分をしたものと解するのは相当でなく、修正裁決は、原処分を行つた懲戒権者の懲戒権の発動に関する意思決定を承認し、これに基づく原処分の存在を前提とした上で、原処分の法律効果の内容を一定の限度のものに変更する効果を生ぜしめるにすぎないものであり、これにより、原処分は、当初から修正裁決による修正どおりの法律効果を伴う懲戒処分として存在していたものとみなされることになるものと解すべきである。

四  してみると、本件修正裁決により、本件懲戒処分は、処分の種類及び量定の面において停職六月の処分から減給六月間俸給月額一〇分の一の処分に軽減されたものの、被上告人の懲戒権の発動に基づく懲戒処分としてなお存在するものであるから、被処分者たる上告人は、処分事由の不存在等本件懲戒処分の違法を理由としてその取消しを求める訴えの利益を失わないものといわなければならない。

以上と異なり、本件修正裁決によつて本件懲戒処分は一体として消滅したものであるとの理由により、本件訴えを不適法として却下すべきものとした第一審判決及び原判決には、国公法九二条一項の解釈を誤り、ひいて行訴法一〇条二項の解釈適用を誤つた違法があるといわなければならず、原判決の右の違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。右の趣旨をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、第一審判決も取り消しを免れない。

よつて、行訴法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八八条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂上壽夫 伊藤正己 安岡滿彦 長島敦)

上告理由

一 原判決は、その判決理由を一審判決と同一であるとし、一審判決は本件訴えを却下した理由を、

1 懲戒停職の処分に対し、国家公務員法九〇条一項に基づき人事院に不服申立がされ、人事院により懲戒減給の修正裁決があつた場合人事院の修正裁決によつて原処分は一体として消滅したものと解される。

2 これを本件についてみるに、人事院のなした修正裁決によつて本件懲戒処分は一体として消滅したものであるから被告中国郵政局長のなした本件懲戒処分の取消を求める本訴請求は訴えの利益を欠く不適法なものというべきである。

としている。

二 本件のように公務員に対する懲戒処分について、人事院または人事委員会の修正裁決があつた場合、その取消訴訟の被告を原処分庁にすべき(以下この立場を便宜上「原処分主義」という)か、或いは裁決庁にすべき(以下「裁決主義」という)かについては、未だ論議の分かれるところであり、学説上定説を見ず、判例上も確立しているものとは言い難い。

原判決および一審判決はこれら学説のうち「裁決主義」を採用したものと考えられるが、以下のとおり「原処分主義」が有力に主張されており、特に原告の訴訟上の利益の保護において「原処分主義」が優れていることは明らかである。

三 「原処分主義」を採る学説について

1 「原処分主義」の立場を採る学説には以下のとおりのものがある。

高橋秀忠・続公務員労働の理論と実務一一八頁以下「懲戒処分の修正裁決と原処分主義」

浦部法穂・自治研究第四五巻六号二一七頁以下

濱秀和・ジユリスト五二七号六〇頁以下「特集・行政事件訴訟法の一〇年」中の「訴訟手続上の若干の問題点」

同・判例評論一一四号六頁以下「行政事件訴訟法施行後における行政裁判例の傾向(2)」

近藤哲雄・演習行政法一三六頁以下「修正裁決の被告庁」

2 また「裁決主義」の問題点を指摘するものに、

玉田勝也・法律のひろば二九巻一一号七五頁以下「行政判例研究」

阿部泰隆・別冊判例タイムスNo.2「行政訴訟の課題と展望」七頁以下「訴訟形式・訴訟対象判定困難事例の解決策」

があり、更に、

3 原告の選択に委ねるべきとするものに

兼子仁・行政争訟法(現代法律学全集)二六四頁があり、

古崎慶長・別冊判例タイムスNo.2二三二・三頁「原処分主義と被告適格」はこれに賛同するものと解される。

四 右各学説で指摘される、「原処分主義」の根拠、および「裁決主義」への批判は概略以下のとおりである。

1 修正裁決の性質についての、原処分主義の主張。

「修正裁決においては、懲戒処分はそれ自体承認され(一部承認)、処分内容が取り消された(一部取消)に過ぎず、この一部承認が、行政事件訴訟法第一〇条第二項の「棄却裁決」に該当する。」若しくは、

「修正裁決は原処分における懲戒権の発動そのものは承認し、懲戒処分自体は維持しているのであつて、原処分はその限りで残存する。」

とされる。

2 修正裁決の性質についての、裁決主義の主張への批判。

「裁決主義」は修正裁決を、原処分を全部取り消した上で新しい判断に基づいて新しい処分を遡及的になすものとするが、処分の修正は原処分と同一性を失わない限度で行わなければならないことから言つて、疑義がある。

また特に地方公務員について、人事委員会は上級庁ではなく、人事院のように独自の懲戒権も処分庁への監督権もないのであるから、「裁決主義」のいうような、「自らの権限をもつての新しい処分」と解するには疑問がある。

また実務上も、人事院は修正裁決に伴う指示においては、原処分の執行としてなされた効果を修正処分の執行で利用しており、原処分の執行による不利益を一旦全部回復し、改めて修正裁決の執行を命じてはいないのであり、右1の考えが懲戒処分の本質に反するものとは言えない。

3 「原処分主義」の優れている点。

「原処分主義」によれば、仮に原告が裁決庁を相手に裁決取消の訴えを起こしても、後に原処分取消の訴えを併合提起または訴えの変更をすれば、出訴期間の点は行政事件訴訟法第二〇条の救済規定により原告に不利になることはなく、また当初から原処分の取消を請求している場合は、訴えの減縮が出来るから、出訴期間を問題にする余地がなく、訴訟経済上も優れている。

逆に、裁決主義では、原処分取消の訴え提起の後に修正裁決がなされ、これへの出訴期間を徒過した場合について、行政事件訴訟法第二〇条の適用がないため裁決については争えず、結局原告に不利益を強いる結果になるが、原処分主義ではこの問題はない。更に一審判決の後に修正裁決が出された場合、裁決主義では原告は改めて裁決取消の訴えを提起しなければならず、訴訟経済上も難点がある。

4 「裁決主義」が優れているという点についての反論として。

「裁決主義」が主張する、原処分庁が自らなしたものでもない裁決を防禦することになるという「原処分主義」の場合の不合理性は、要するに便宜上の程度の問題であり、重要なものではない。

また、「原処分から裁決の一連の流れの最後のものを捉える方が国民感情に合致する。」とされるが、懲戒処分権の発動それ自体を原告が争う場合には、修正裁決がある場合であつても「原処分主義」の方が明快である。

五 判例について

この問題が争点となつた判例の多くは裁決主義を採用している。しかし以下のように人事院の修正裁決が判決前にあつたことを判決理由中に明記しながら、原処分を取り消すとの判決をなしている判例が現にあるのであり、このことは、右に述べた「原処分主義」が裁判実務上、より妥当であることを示しているものである。

東京地方裁判所昭和四六年一一月一二日判決・労民集第二二巻六号一〇三〇頁以下

札幌地方裁判所昭和五一年一〇月一八日判決・訟務月報第二二巻一〇号七五頁以下

六 結論

以上のとおり、原判決には行政事件訴訟法第一〇第二項及び同法第一一条の解釈を誤つた違法があり、これが原判決に影響を及ぼすことは明らかである。

以上

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